ミシェル・レリスと「スタウトのバス」

ミシェル・レリス(1901–1990)はフランスの詩人、自伝作家、民族学者など多くの肩書きをもつ作家。ピカソの友人だったり、バタイユと一緒に仕事をしたり……と幅広く活躍した人だが、文体としてはうねるような、入り組んだものが多い。ここでは難しいことは抜きにして、彼がその自伝のなかで書いたビールにまつわる一節をさっそく見てみよう。

スタウトに関して、「ギネス」のほうが本当に「バス」よりいいのかと彼女に訊ねると、バス社の作っているのはスタウトでなくエールだと教えてくれる。「バス」というと、僕がいつも間違って[…]ほとんどブラック・コーヒーに近い色の飲み物を連想してきたのは、この言葉のきびしい感じのせいだ。そこから、「一杯飲むboire un glass」という言い回しが思い起こせる「スタウトのバス」というちぐはぐな組み合わせがうまれた[のだ]。

ミシェル・レリス、岡谷公二訳『ゲームの規則II 軍装』平凡社、2017、15–16頁

https://amzn.to/3b4uA54

酒好きならすぐに分かるように、「スタウトのバス」はおかしい。1777年創業のバス社The Bass Breweryは、日本でもバーで「バス」と言えば通じるバス・ペールエールで有名である(ちなみに、ナポレオンやエドガー・アラン・ポーもバスを愛飲していたらしい)。

もちろん作者本人もこの文章のなかで間違いに気づいてはいるが、それはしばらく時間をおいてからのことだ。というのも、『軍装』はレリスの自伝4部作『ゲームの規則』の第2巻なのだが、じつはその7年前に出版された第1巻(驚いてはいけない、彼は息の長い自伝作家だ)でレリスはこんなふうに書いているからだ。

割れた壜の濃緑色vert bouteille[…]のガラスのかけら。今日「一杯飲むboire un verre」の代わりに、隠語的な言いまわしでいう「boire un glass」(「boire un verre」の一杯verreとは、glassという言葉に惹かれてこの言いまわしを英国風に解釈するならば、とりわけ一杯のスタウト・バスビールのことだ)。こうしたすべてが僕に雨氷verglasのことを考えさせる。

ミシェル・レリス、岡谷公二訳『ゲームの規則I 抹消』平凡社、2017、142頁

これで明らかな通り、さっきの引用は、第1巻でうっかり「スタウト・バスビール」と書いてしまったことへの訂正、というわけだ。レリスは自伝作家とはいえ、同時に「言葉」への執着がものすごい詩人だった。少し分かりにくいが、ここで「雨氷verglas」が想起されるのは、「一杯=ガラスverre」の音verと「一杯=グラスglass」のglasが組み合わさって、verglas(という音)が連想されるよね、という言葉遊びだ。

そんなのただの遊びに過ぎない、と思うのが一般的な感覚だろうが、レリスはそういう単語の音にこそこだわり続ける(こだわりすぎる)人だ。そういうマニアックさを考え合わせれば、「スタウト・バス」は間違っているとはいえ、最初の引用で「言葉のきびしい感じ」に引っ張られたのも分からなくもない(気がする)。というか、ふだん僕たちも知識とは別のレベルで、酒の名前の単なる響きから連想するイメージのようなものを、無意識のうちに抱くことがないだろうか。

ちなみに、ゲームの規則4部作のなかで最も読みごたえがあり、まとまりのよい(と思う)『軍装』には、酒の勢いで他者とのコミュニケーションを求めたレリスが裏切られるエピソードも紹介されている。第二次世界大戦がほぼ終結したことを、ベルリン陥落のニュースで知ったとき、レリスは調査旅行でコートジボワールにいた。

深夜のダカール。その大ニュースに興奮し、酒の力も手伝ってアフリカへの愛、人類同士の理解を偶然その場にいた黒人の3人組に表明したところ、突然殴られて身ぐるみを剥がれてしまう。相手に対する怒りは抱かないものの、自伝的作品を書きながら他者と通じることをつねに目指したレリスの失敗が描かれる、象徴的なエピソードと言えるだろう。

https://amzn.to/3b4uA54